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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)406号 判決 1973年11月30日

原告

積水樹脂株式会社

原告

柴田台紙株式会社

右両名訴訟代理人

品川澄雄

外一名

被告

株式会社

ナガミツ

右訴訟代理人

水田耕一

外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一<書証>によれば、原告S樹脂株式会社(出願時の商号・A化工株式会社)は訴外Nとつぎの特許発明(以下「本件特許発明」という)につき共同出願をし、登録時においては右両者が本件特許権を共有していたが、昭和四五年七月一日同訴外人が右共有持分を放棄し同年九月二日その旨の登録を了したことおよび同年八月一八日原告S台紙株式会社は本件特許権について原告S樹脂株式会社より範囲全部の専用実施権の設定を受け同年九月二五日その旨の登録を了したこと、すなわち原告S樹脂株式会社が本件特許権者であり、原告S台紙株式会社が本件特許権についての範囲全部の専用実施権者である事実が認められる。

名称 アルバムもしくはスクラップブツク

特許番号 第二七六九四一号

出願 昭和三三年八月七日

出願公告 昭和三五年一〇月二六日(昭三五―一六一六九)

登録 昭和三六年五月二五日

特許請求の範囲 「本文に詳記したようにセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシートを基体とし、該体面に感圧性接着剤を塗着しその上をセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなる透明なフイルムもしくはシートで被覆して単位葉を形成し、該単位葉を適宜枚数重ねて製本したことを特徴とするアルバムもしくはスクラツプブツク」

二被告が、アルバム用単位葉およびアルバム製造等を業とする会社であつて、昭和四二年一月より現在に至るまで別紙(イ)号目録<目録省略>記載のアルバム用単位葉((イ)号物件)を、そして最近では別紙(ロ)目録<目録省略>記載のアルバム((ロ)号物件)を業として生産し、譲渡および譲渡のための展示をしていること、ならびに(ロ)号物件の構成単位葉および(イ)号物件の構造の特徴がつぎのとおりであることは、いずれも当事者間において争いがない。

1、その表面に多数の微少凹凸をつけ、かつ中間に厚紙を貼着したアルミニウムよりなるシートを基体する。

2、基体面に感圧性接着剤を塗着する。

3、右2の上をポリ塩化ビニルまたはポリプルピレンよりなる透明なフイルムをもつて被覆する。

三当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明のアルバムにおける単位葉は、①セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシートを基体とする。②その基体面に感圧性接着剤を塗着する。③その塗着された感圧性接着剤の上をセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなる透明なフイルムもしくはシートで被覆する。という構成のものであると認められる。そして、(ロ)号物件の構成単位葉である(イ)号物件が本件特許発明アルバムの単位葉における右②および③の構成要素を具備していることは明らかである(被告もこの点については争わない)。

四原告は単位葉の基体に関し、本件特許請求の範囲にいわゆる「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」に、(イ)号物件の基体である「その表面に多数の微少凹凸をつけ、かつ中間に厚紙を貼着したアルミニウムよりなるシート」ないし「アルミニウム箔」が包含されると主張するので検討する。

本件特許請求の範囲には、「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」という表現が二回使用されている。一つは基体に関するものであつて、「セロフアンもしくはプラスツチクス如のき非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」とあり、他の一つは被覆膜に関するものであつて、「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなる透明なフイルムもしくはシート」とある。前者には「透明な」という限定がなく、後者には「透明な」という限定的語句が付加されてはいるが、「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなる」という表現は全く同一である。このような場合、右語句は、別異に解すべき特別の理由がない限り、同一の内容を表現しているものと考えざるをえない。

発明の詳細なる説明中において「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」なるものの具体的内容ないしその作用効果について関係があると考えられる記載部分を例挙すると、①「感圧性接着剤2は両面が基体1と被覆膜3とによつて覆われて殆んど大気に接触しないような状態となつており、被覆膜3は相隣り合う感圧性接着剤2同志が接触しないように隔離膜の役をも兼ねている。」、②「写真、名刺、新聞記事の切抜等5は……透明な被覆膜3を透して観察し得るのである。」、③「各単位棄の基体はセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるので紙に比して強靱であり、破損し難く、被貼着物を剥離する際にも全く損傷せられない。」、④「被覆膜が被貼着物の表面を覆つてこれを保護し、被貼着物を観察する際にも被貼着物の表面を露出する必要がないので被貼着物の表面を損傷するおそれがない。」、⑤「更に又感圧性接着剤の両面を覆う基体及び被覆膜はいずれもセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるものにして紙や布帛に比して空気の透過性小なるため、感圧性接着剤は殆んど空気に接触せず、老化が妨げられ永く使用に耐え得るのである。」、⑥「感圧性接着剤が基体及び被膜から浸み透らないから……一葉が次葉と接着することなく、又美観を損う恐れもないのであります。」、⑦「基体及び被覆膜を形成するシートもしくはフイルムはセロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるものであるから、これを各種の色に着色して美麗な外観を付与することもできるほか基体のシートもしくはフイルムをも透明となし被貼着物の裏面をも観察し得るようになすこともできる等各種の効果を奏するのである。」、等であつて、基体に金属、少なくともアルミニウム(箔)を使用することを示唆する語句の記載はない。右記載されたところ(特に右⑤、⑥および⑦)からみると、基体に関する「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」も、被覆膜に関する「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」もともに同一物質を指称する表現と考えるほかなく、殊に右⑦の記載から考えると、右「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」なる表現は、一般的に「繊維質でない物質」という意味ではなく、特に例示されているセロフアンやプラスチツクのように一般的通性として透明になし得る性質を有する非維繊質の物質を指称するものであつて、その固有の性質上透明となし得ない性質を有するアルミニウムの如き金属はこれに含まれていないものと解さざるをえない。

原告らは、右⑦の記載は、材料が繊維質である場合には、如何にその材料に透明な物質を用いても、これをシート状にするときには必ず乱反射を生じるため無色透明にすることが技術的に不可能であるのに反し、非繊維質である場合には、このような乱反射を生じないため、材料が透明でありさえすれば基体そのものを透明にすることが比較的容易であるという趣旨の記載である旨主張するが、右⑦の記載は明瞭に「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるものであるから……透明となし……得る……」とあり、透明となし得る理由を「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」が基体の材料であるためと明示(非繊維質中セロフアンもしくはプラスチツクスの如き物質を選択するときは、とは書いていない)してあるのであつて、右記載を原告主張の趣旨にはとうてい解せられない。

また、原告らは、プラスチツクスの中にも性質上不透明であつて絶対に透明になし得ないものが存するのみならず、通常プラスチツクスなる名をもつて市販されている物質の大部分は不透明であることをもつて、右主張の一つの根拠とするが、プラスチツクと総称される物質の中に極く例外的に透明にし得ないものがあり、市販プラスチツクの大部分が不透明であるとしても、固有の性質上すべて通常の方法では透明とはなし得ないアルミニウムの如き金属とは異なり、プラスチツクは一般的通性として透明になし得るものと認識されているものであつて、かかる認識に基づいて右⑦の記載がなされることは明細書全体の記載からみて疑いがないから、右原告主張の事実をもつてしても前記認定を左右することはできない。

また、原告らは、右主張の根拠の一つとして、本件特許明細書中に一実例として厚紙をもつて裏張りをした不透明な基体が明示されている旨主張するが、明細書中に不透明な基体を明示をした記載はもちろんそれを示唆した記載もない。原告らが指摘する記載は、おそらく「……第三図及び第四図に示されるものの如く基体1の裏面もしくは中間に厚紙もしくは布帛の如き裏張材4を貼着しておいてもよいのである。」の部分と考えられるが、これは右記載からも明らかなとおり、基本に裏張材を貼着したものであつて、「基体」そのものが不透明という趣旨ではないのである。

また、原告らは、アルミニウム等の金属も条件次第で透明にしうるから、透明性の点において、プラスチツクとアルミニウムとでは差異がない旨主張し、それを証する証拠として<書証>を援用する。これらの証拠によると、金属でも非常な簿膜ないし透明体に蒸着状にした場合、可視的には透明に近くなるものがある事実が認められる。しかし、金属をこのような状態にすることは経費面および技術上において非常な困難を伴うものであつて、アルバムやアルバム単位葉製造業者の容易になし得るところではないと推認される(その必要も全くない)。のみならず金属を透明になる程の簿膜にした場合、これを本件特許発明における「シートもしくはフイルム」として果して使用できるかどうか甚だ疑問である。これに反し、「セロフアンもしくはプラスチツク」は一般に容易に透明になし得る(簿膜にする必要さえもない)のであ。したがつて、右⑦の記載中の「透明」となし得る「シートもしくはフイルム」に金属を含むとはとうてい考えられない。透明性の点において、プラスチツクとアルミニウムとでは差異がないということができないことは明らかである。

また、原告らは、アルミニウム箔とプラスチツクフイルムとは共通する性質が多く、共に薄膜状にするに適するところから、本件特許出願前より、薄膜状にして粘着テープ・包装材料・文房具材料等として広く代替的に用いられていた旨主張する。本件に顕われた証拠によれば、右原告ら主張のとおり、アルミニウム箔とプラスチツクフイルムとがかなり代替的に使用されていた事実は認められるけれども、プラスチツクフイルムといつた場合アルミニウム箔が当然これに包含されると考えられる程、すべての分野においアルミニウム箔がプラスチツクフイルムの代替品として使用されていたとは認めるに足りないから、「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質」という表現にアルミニウム(箔)が当然含まれると考えることもできない。

なお、原告らは、本件特許出願非繊維質フイルム上に感圧性接着剤を塗着した粘着テープに関する特許発明が開示されており、この特許公報中に非繊維質なる表現を用いる場合には、板ガラス・荷造りフイルムと並んで金属シートが包含されることが明示されていた旨主張する。しかし、原告らが右主張事実を証する証拠として提出した特許出願公告昭二九―三一四四号公報には「滑らかな非繊維質の表面(例えば板ガラス金属シート及び荷作りフイルムの様な表面)」と記載されており、金属が非繊維質に属することは明らかであるが、右の如く「滑らかな非繊維質」とのみ表現され材質をなんら限定していない場合と本件特許請求の範囲の如く「セロフアンもしくはプラスチツクの如き非繊維質」と表現され非繊維質を限定している場合とを同一視することは許されない。

以上のとおりであるから、(イ)号物件の基体である「その表面に多少の微少凹凸をつけ、かつ中間に厚紙を貼着したアルミニウムよりなるシート」は、本件特許請求の範囲にいわゆる「セロフアンもしくはプラスチックスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」に該当しないといわざるをえない。

五つぎに、(イ)号物件の基体である「その表面に多数の微少凹凸をつけ、かつ中間に厚紙を貼着したアルミニウムよりなるシート」が、本件特許発明アルバムの基体である「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」の均等物であると解することができるかどうかの争点について考える。

(1)  本件特許発明は、基体、感圧性接着剤、透明被覆膜の三層からなり、被覆膜を剥いで写真其の他を基体に貼付けるアルバムもしくはスクラツプブツクに関するものである。基本を透明被覆膜で掩うよう構成されていて、その中間に接着材を用いるアルバム、スクラツプブツクは本件特許発明が最初のものではなく、昭和三一年一二月四日特許庁受入のアメリカ特許第二二八三〇二六号があり、透明被覆膜と接着材を塗着した基体との中間に第三シートを介在させるものとして、昭和二七年一一月四日受入のアメリカ特許第二五九八七五五号がある。

右先行技術の詳細はつぎのとおりである。

(一)  米国特許第二、二八三、〇二六号

右米国特許発明は、アルバムないしスクラツプブツクの単位葉に関するもので、一九三九年二月二八日出願、一九四二年五月一二日特許にかかるものであつて、その公報は本件特許出願前である昭和三一年一二月四日特許庁資料館に受入られている。この発明の構成は、透明な可撓性フイルム状シートに感圧接着剤を塗着し、この塗着面側を別の不透明なシートで覆うようにしたもので、各シートは容易にかつ繰り返して分離できるようになつている。そして、感圧性接着剤が一方のシートに強着し、他方のシートに移行しないための手段として、透明シートと感圧性接着剤の双方に対して相容性をもつ溶剤の存在下に感圧性接着剤を透明シートに塗着することにより、透明シートと感圧性接着剤との間に一体の結合を得させて強着し、他方別の不透明シートについてはその表面を感圧性接着剤と相容性をもたない油で処理することにより、感圧性接着剤に対する接着力を滅少してこのシートを分離しやすくするという方法を採用している。なお、このように透明シートと感圧性接着剤の一体的結合によるときは、感圧性接着剤が乾燥や吸湿により変形や変色をしない旨を明記している。また、透明シートの材料としてはセルロース・エステルその他透明なセルロース材料またはゴム誘導体が、不透明なシートの材料としては比較的厚手のグラシン紙があげられている。

(二)  米国特許第二、五九八、七五五号

右米国特許発明は、アルバムの如く数葉を重ね合わせて製本したというものではなく単葉のものであるが、写真等の貼着・保存・展示のための用具であるから、アルバムの単位葉と近接の技術分野に属するもので、一九四九年四月二〇日出願、一九五二年六月三日特許にかかるものであつて、その公報は本件特許出願前である昭和二七年一一月四日特許庁資料館に受入れられている。この発明の構成は、透明な被覆シートと少くとも一方の面に感圧性接着剤等を塗布した基体シートとの間に、右両者よりも小さく、かつ少くとも一か所の切欠部を設けた第三のシートを挿入したもので、写真等の展示物は右第三のシートの切欠部から露出する感圧性接着剤(基体に塗布されたもの)により固定されるようになつている。そして、右発明の展示用具においては、基体シートの周縁部(第三のシートの外側)の感圧性接着剤が透明被覆シートと接着することにより、写真等の展示物は空気や湿気から気密に密閉されることおよび写真等の展示物を容易に取り替え得ることが明示されている。透明被覆シートの材料については、ガラスまたはプラスチツクがあげられている。基体シートの材料については、透明でも半透明でもよいというのみで具体的指摘はないが、可撓性をもつものであることを当然の前提としていることおよび展示物が空気や湿気から気密に密閉されるとしていることならびに透明被覆シートの材料にプラスチツクをあげていることからみると、当然通気性・透湿性のない材料であるプラスチツクのようなものを想定しているものと考えられる。

右特許公報には、この特許発明は、通気性・透湿性のない(または少ない)プラスチツクのような物質のシートに塗布された感圧性接着剤に貼着した写真等の被貼着物をガラス・プラスチツクのような通気性・透湿性のない(または少ない)物質の透明なシートで覆い、両シートの周縁部を感圧性接着剤により密着させて内部を気密に密閉することにより、内部の写真等の被貼差物を空気や湿気から保護するものである旨明記されている。ところで、右特許発明より約七年も前に特許されている前記(一)の特許公報によると、感圧性接着剤が空気や湿気により劣化することおよびその劣化防止のために何らかの手段が必要であることが以前より当業者間において一般に認識せられていたと認められるから、右(二)の特許発明における周縁密着による密閉の技術は感圧性接着剤の劣化防止の作用効果をも期待したものであることは、当業者であれば当然明瞭に看取し得るところであると考えられる。したがつて、右(二)の特許公報は感圧性接着剤の劣化防止のための密閉技術をも黙示的に開示していると認めざるをえない。

なお、審判事件第三答弁書によれば、本件特許に対する無効審判請求事件において、被請求人である本件原告S樹脂株式会社は、本件特許願当時の技術水準および本件特許発明の内容についてつぎのとおり主張している事実が認められる。

「……本発明に於ては基体面の全範囲に感圧性接着剤が塗布されており、その上に(b)のフイルムもしくはシートが被覆されているが、この(b)のフイルムもしくはシートは容易に剥離され得るようになされている。従つて、使用される感圧性接着剤は必然的に比較的接着力の小さいものに限定されているのである。これに対し甲第一号証のものは大部分の接着剤は第三のシートによつて覆われ、実際に展示物を貼着するのは孔5から現われた極めてわずかな接着剤によるものであり。……即ち、接着剤を孔5から現われた極めてわずかな範囲に限定することによつて展示物を着脱自在としたものであり、又シート2の縁部6に限つでシート1を密着させたことによつて展示用具の分解が可能になされたのである。……実際に本件特許出願当時感圧性接着剤が全範囲に亘つて塗布された基体に透明シートを被覆し、これを接着剤が付着しないように清浄に剥離して使用することは困難なこととされていたのである。従つて、例えば昭和三二年一二月二三日に発行された特公昭三三―一〇七二五号公報、特許請求の範囲の項に『接着剤2を塗布し被覆を一体に形成した台紙1と柔軟性のある合成樹脂の透明薄板の下面にシリコンの被膜3を形成した表板4とを互に腹合せて着剥自在に張合せ』と記載されている如く、本発明の透明シートに該当する透明薄板の対接着剤面には油性シリコンの様な剥離剤が塗布されていたのであつて、かく構成することによつてはじめて接着剤によつて張合された台紙と透明薄板とが着剥自在となされたのである。」

(2)  前記公知文献等によると、アルバム等の単位葉において、基体に感圧性接着剤を塗着し、その上に薄い透明被覆膜を重ね合せるよう構成するとき、

①  被覆膜を剥ぐ際感圧性接着剤が着いて剥がれることなく基体に残り、基体を損うことなく被覆膜が容易に剥がれること

②  長期に亘り使用しても、感圧性接着剤が基体や被覆膜から浸み透つたり、あるいはたやすく空気や湿気に接して劣化することがないこと

等の必要が意識せられ、この必要を満すような素材の選択ならびに構成の仕方に課題があつたと解せられるのである。

本件特許発明は、その特許公報全体の記載によれば、右①の点につき格別新規な考察と目されるものはない。右②の点については、基体にセロフアンもしくはプラスチツクの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシートを選んだ点がそのその解決方法であると解せられるのである。

しかし、前記の如く、前顕アメリカ特許第二五九八、七五五号の発明は、透明シートの被覆膜につき例としてプラスチツクを挙げて教示しており、基体につきプラスチツクを特に挙げてはいないが、可撓性をもつものであること、および展示物が空気や湿気から気密に密閉されるよう構成することなど記載している点からみると、基体についても当然通気性、透湿性のない材料であるプラスチツクスも含めて示唆しているものと解せられるのである。

ところが、本件特許発明は基体について右アメリカ特許が示唆にとどまつているところを、明白に打ち出し、前記の如く「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシートを基体と」するところを本件特許発明の必須要件とした点に特徴が見られるのである。

(3)  アルミニウム箔がプラスチツクスと同様前記②の必要を満す作用効果を奏するものであることは明白である。

(4)  ところが、本件特許出願時における公知文献あるあるいは公知例に、アルバムあるいはスクラツプブツク等において、基体にアルミニウム箔を明らかに例示したものあるいは用いたものがあつたとの証拠はなく、本件特許公報にも、アルミニウム箔については一言も明言していないのである。

そこで、本件特許出願時において、その発明の開示から、基体にアルミニウム箔を置換して用いることの着想が容易であつたかどうかについて検討を進める。

<書証>等によると、原告主張の如く、非繊維質フイルム上に感圧性接着剤を塗着した粘着テープ、プラスチツクフイルムとアルミフオイルが包装の分野で同一目的のため代替的に使用されていたこと、アルミニウム箔に感圧性接着剤を塗着したシート材やテープ材を造るにあたり、アルミニウム箔と感圧性接着剤とはなじみがよく、アルミニウム箔表面に細かい凹みを作ると投錨力が強まること、厚紙アルミニウム箔を積層し、これにプリントしたうえラツカー様コーテングをもつて覆つた名札等、厚紙上にアルミニウム箔を貼着し、その上に凹凸模様を施した襖紙、紙を貼着したアルミニウム箔を用いた防湿箱等が本件特許出願時に知られていたことが認められる。

原告は、本件特許出願時、アルミ箔に紙を裏張りしたものが文房具製造業者には普通の材料として使用され、多種の見本からなる冊子状の見本帳が存在したと主張するけれども、これを確認すべき証拠はない。

(5)  前記認定の公知事実によると、本件特許出願時既に、アルミニウム箔はプラスチツクと同列にかなりの範囲において代替的に用いられることが知られていたことが認められるのであるが、公知例はいずれも接着テープや襖紙、防湿箱等に関するものである。

本件特許発明に用いられる基体は従来使用されて来た紙よりも素材として強く、剥し易く、接着剤を浸み透ることなく、また接着剤の劣化防止にも役立つ等の作用効果を有するものであることを必要とするだけでなく、これに貼着される各種貼着物の背景色としてふさわしい色彩のものであることも適性の一つとして重視されるものである。

このように見てくると、アルミニウム箔に関する前記公知例は、本件特許発明の基体に用いる場合とは使用の態様が異るものというべく、アルミニウム箔の純度性質が向上し、その用途が急激に多方向にわたり開発されるに至つた現在においては兎も角、昭和三三年八月七日の本件特許出願時において平均的当業者が本件特許発明の開示から、基体に要求される作用効果を考え、アルミニウム箔がセロフアンもしくはプラスチツクと同一の機能を有することに想到し、これに代え、アルミニウム箔を基体に置換して用いることを推考することが容易であつたとはたやすく認め難いところといわざるを得ない。

(6)  したがつて、結局(イ)号物件ならびに(ロ)号物件の基体をなすアルミニウム箔は本件特許発明の基体である「セロフアンもしくはプラスチックスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」の均等物であると認めることはできない。

六なお、(イ)号物件ならびに(ロ)号物件において基体のアルミニウム箔にエンボス加工を施したものが用いられているのは、乙第一号証の実用新案公報一頁右欄上より二〇行目以下に記載されている如く、不乾性糊の塗着層下面に当る面積は上面に当る透明フイルム当接面積よりも遙かに大でしかも微小凹部まで不乾性湖が充填され恰も多数の根を生やしている状態が例えられ、その結果写真を貼るため透明フイルムを引き剥がして行くとき、この透明フイルム面にくつついて行こうとする粘着力よりも金属箔層面にくつついて離れまいとする粘着力が勝り、不乾性糊着層は金属箔層面に強着し、剥離剤を使用しなくても決して透明フイルム面にはぎ取られてしまうといつたことがないとの効果をねらつたもので、アルミニウム箔の平板が有する前記②の機能を保有しながら、①の剥し易くするという効果を附加するため改良したものであると認めることができる。

しかし、(イ)号物件および(ロ)号物件の基体の素材をなす平板アルミニウム箔が本件特許発明における基体と均等物であると認めることができないことは既に判示したとおりである以上、右改良部分は本件特許権の侵害の成否に関係がなく、また、右乙第一号証の実用新案を本件特許権の関係でその発明を利用するものであると認めることもできない。

七以上のとおりであるから、被告の製造・販売にかかる(イ)号物件および(ロ)号物件の単位葉((イ)号物件と同一構成)は、本件特許発明にかかるアルバムの単位葉の「セロフアンもしくはプラスチツクスの如き非繊維質よりなるフイルムもしくはシート」との基体についての必須の要件を欠如しているから、(ロ)号物件は本件特許発明のアルバムに該当しないし、(イ)号物件は本件特許発明のアルバムの生産にのみ使用するものに該当しないといわざをえない。

したがつて、被告が(イ)号物件および(ロ)号物件を製造販売する行為が本件特許権を侵害するものといえないから、特許権侵害を前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大江健次郎 楠賢二 庵前重和)

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